MACHINE


「………これがそのプログラムか」

白衣を着た長身の男が画面を見つめて呟いた。
胸のプレートには霧島と書かれていた。
椅子に座ってコンピュータを操作している男も同じように画面を見る。
何台というコンピュータが動いていて部屋が暑くなっている。
冷房も効いていないことはないがいささか役不足だ。
長身の男が近くにあった冷房のリモコンの設定温度を下げる。
それでも、まだコンピュータから発せられる熱を下げるので精一杯らしい。
上から2つ、白衣のボタンをはずして暑さを和らげようと努力している。
だが、それも全くといっていいほどプラスにはならない。
男は諦めて話を続けた。

「どうだ、調子は?」
「あ、霧島さん。おはようございます」
「ああ、おはよう。それで、どうだ?」
「一昔前に比べればよっぽどましになりました。ただ、CGNシステムとの接触におかしな点が……」
「CGNシステム……コンピュータゲノムネットワークシステムにか?」
「ええ、CGNシステムとのコネクト時に必ず数秒、カオスのメインフェイスに接触できなくなります」

白衣の男が、唸った。
CGNシステムとは、2036年に国際連合によって打ち上げられた地球軌道を回る人工衛星を使ったネットワークだ。
全世界、どこにいても常時インターネットに接続できる最大級のネットワーク網。
ネットワーク通信に関することならこれ一機で何でもこなしてしまう。
今の世界にもっとも浸透した最大級の代物だった。

「原因は?」
「それが、原因が不明なんです……」

大きな椅子が甲高い音を立てた。
眼鏡を掛けているその男もまた、白衣姿だった。
おそらく、ここの研究員だろう。

「原因不明か……。それが直らないと上層部には提出できないな」
「それが、ですね。この原因不明は本来あるはずのないミスなんです」
「あるはずのないミス?」
「エラーが発生するのが本来白紙のはずの第666電子区域からエラーが発生しているのです」
「白紙?」
「ええ。カオスは自ら情報を蓄積して成長していくAIとして第1電子区域から第665電子区域に分けられたプログラム構造をしています。一つ一つの区域に役割が定められていて、そこで判断するようになってるんですが、第666電子区域は少し問題がありまして、消去したのです」
「消去?」
「ええ。より人間らしくするため、凶暴的なプログラムを入れたのですが、組み込んだ直後、ここから脱走を試みたので、消去しました」
「脱走か……。何をしようとしたんだ?」
「それは、こいつに聞いてくださいよ」

笑いながら画面に向き直った。
研究員がキーを叩くと画面に何か写った。

「こいつで入力すれば、会話できますよ」
「ああ、解かった」

研究員が席を立つと入れ替わって霧島が座った。
椅子が軋んだ。
座り心地はお世辞にもいいと言えない。
だが、霧島は気にすることなくキーを叩き始めた。

「おはよう、カオス。調子はどうだ?」
「オハヨウゴザイマス、霧島様。全しすてむニ異常アリマセン。至ッテ良好デス」

機械的な音声が流れた。
不気味に室内に響くが、他の研究員は誰一人として無反応だった。
巨大なモニターが何台もある研究室の一室。
左右にずらっと並んだコンピュータにはそれぞれ人が座っており、一言もしゃべらずに作業をしていた。
ただ、タバコの煙だけが充満し、室内の空気は濁っていた。

「普通に動いているな……。それでもまずいのか?」
「はい。さっきも言ったとおり、まだ他の部分に問題があって、商品として使うのは不可能です」
「問題? CGNシステムだけじゃないのか?」
「はい。しかし、機能上は何の問題もありません。むしろ、その機能が上すぎるのです」
「……どういうことだ?」
「それが、今日私がここに来たときにはすでにこのプログラムは英語、中国語、日本語を始めとする13ヶ国語を理解していました。昨日までは確かに日本語と英語しかマスターしていなかったのに……」
「理解?」
「ええ。一般人用に市販されている辞書程度の言葉なら全て理解しています。そして、こちらが打ち込んだ内容を思考し、的確な返答をしてきます」
「AIならそれを求めているから当然の結果だろう?」
「ええ、そうなのですが……。カオスは自ら“進化”しようとしています」
「“進化”だって?」
「組み込まれたプログラムの中で学習し、知識、経験などを蓄えていく人工知能に対し、こいつは“自分自身のプログラム”を自らのプログラムによって変更していってるんです」
「馬鹿な、AIは自分で思考しても、そんなことできるわけない。変なプログラムでも入れたんじゃないだろうな?」
「いえ、そんなことするわけないじゃないですか」
「まぁ、そうだな……」
「もしかしたら、バグかもしれません」
「……どちらにしろ、欠陥を残した状態で外の世界に出すのは危険だ。会社の信頼にも係わる」
「ええ。心得てますよ。任せてください、必ず、完成させてみせますから」
「ああ。それがあればポットから戦闘機の操縦までなんでも人がいらなくなる。人の生活を変えられる」

その時、研究室に不気味な音が鳴り響いた。
それは画面から発せられていた。
目にも止まらぬ速さで流れていく文字の羅列。
それが画面の下から上へと移動する。
誰もが唖然とする中、霧島が真っ先に声を出した。

「どうした?」
「解かりません。メインコンピュータがハッキングを受けています!」
「状況報告を!」
「第1から第17のプロテクトをすごい速さで解読されています」
「応戦だ。A班、B班はハッキング元を調べろ!」

静かな室内が一気にざわめいた。
暖かさを纏っていた空気も、冷たく変化する。

「第1から第13プロテクト、回避されました」
「間に合いません!」
「ちぃ、電源を落とせ!」
「駄目です。目標によってプログラムが変更されています」
「主電源を落とすには何分掛かる?」
「1時間は必要です。とても間に合いません」
「対アンチプログラム流入。目標追尾開始」
「目標回避プログラム作動継続。第14プロテクト回避」
「メインコンピュータハッキング予測時間は?」
「およそ4分23秒」
「どっちが早いか――」

無心に画面と向き合っていた。
カタカタというキーボードを叩く音だけが響く。
その中で誰もが焦っていた。

「よし、できたぞ!」

霧島が声を上げた。
そして、次の瞬間、全てのコンピュータが元に戻った。

「助かった……?」
「いや、まだだ。足止めに過ぎない。今のうちに準備をする」

安心の声が周りから漏れた。
霧島も、ポケットからタバコを出して吸い始める。
煙が天井に溜まる。
だが、刹那、白い煙が赤く変色した。

「今度何だ!?」
EMERGENCYエマージェンシー EMERGENCYエマージェンシー――」

部屋が赤いランプに照らされた。
誰もが困惑している。

「第298ブロックにおいて火災発生。研究員は全員非難せよ。もう一度繰り返す。第298ブロックにおいて――」
「第298ブロックといえば、すぐ近くじゃないか!?」
「防御プロテクトを解いて、中のデータを回収する! 他のものは必要データを回収後、脱出しろ!」

今度はさっきの表情より幾分か柔らかかった。
おそらく、霧島には余裕過ぎる時間だったのだろう。

「何でも、壊すのは楽だな」

愚痴のように呟く。
刹那、大声で誰かが叫んだ。

「大変です!」
「どうした?」
「ハッキング元は――ハッキング元はメインコンピュータです!」
「何だって? まさか――まずい!」

もう一度プログラムを打ち直そうとするがもう遅い。

「まさか――警報装置もおまえがやったのか?」

唖然として霧島が問いかける。
周りはすでにパニック状態だった。

「第1から17プロテクト、全て回避されました!」
「……自らで道を切り開いたのか?」
「通常回線に接続! 逃げられます!」
「何を考えているんだ……カオス――」

その声を掻き消すほどの轟音。
研究室には巨大な落雷の閃光が走った。


−次のページへ−