AIR


2058年  ケニア共和国・ケニア山
意識がぼやけている。
どこにいるのか、何をしているのか。
よくからない。
ただ、この感じはあれとよく似ていた。
そう、空を飛んだときのような。
……だけど、私は。
まだ、一度も空を飛んだことがないじゃないか――

「もうすぐ着きますよ」

その声でゆっくりと目を開く。
さっきまでの心地好ここちよさはどこかに吹き飛んでしまって、全く正反対の気分になった。
耳障りな音。
がたがたと揺れる身体からだ
身体中が緊張して、とても疲れていた。
視界がはっきりしてくると、今の自分の状況を認識して溜め息をいた。
起動仕掛けで混線していた脳は、ようやく動き始め、愚痴ぐちのような言葉をいた。

「やっとか――」

とは言ったものの、時間的感覚はなかった。
何せ、出発したときは覚えていても、それからどれぐらい寝ていたのか、解からなかったからだ。
膝においてあるファイル。
どうやら、これを読んでいる間に眠ってしまったようだ。
相当疲れていたのか、このファイルの中身がなんなのかよく思い出せなかった。
青い色のプラスチックのファイルは、作りものの空の色をしていた。
退屈なので、パイロットのセリフを確かめるために窓からはる眼下がんかを望んだ。
でも、始めてくるその場所は、本当に目的地まで近いのか遠いのか、解からなかった。
唯一解かったのは四方が茶色の山肌と空のあおという退屈な風景しかないということだ。
だが、もし色とりどりの花が咲き誇っていたとしても、それは変らないと思った。
なぜならヘリのプロペラ音が常にけたたましく鳴り響いているし、飛行機のようなサービスもない。
具体的に言うと、機内食はないし、椅子は硬いし、オイル臭い金属の匂いしかしない。
なんて、不快適な空の旅なんだろう。

「すみませんね、鷺澤さぎさわさん。わざわざこんなところまで来ていただいて」

私の後方にラフな格好をした男が座っていた。
工事現場の中年男性のような服装である。
半袖のティーシャツをさらに肩まで巻くって、腰にはいろんなものが詰まっているらしいウエストポートのような鞄を巻き、茶色の作業ズボンを穿いている。

「全くだ。土いじりなんて、私の専門外なのに」

私は愚痴をこぼした。
ヘリの不快さがなければ、まだ私の気分は幾分いくぶんかましだったろうに。

「直接関係なくても、いろんな要素が関わって結果が出ているのかもしれないんですから。それに、私も上からの命令ですから」
「それは私も同じだ。気象庁のお偉方偉方えらがた直々の命令でなかったら、こんなところには観光以外で来ようとも思わない」

そう言って、ようやくさっきのファイルがなんなのか思い出して開いた。
『多発地震の原因究明調査』という題目で書き始められている資料は、専門外の人間には全く解からないような単語の羅列られつでできていた。
め息を吐く。
私でさえ読むのが億劫おっくうになった。

「それにしても、なんでわざわざケニア山に日本の気象庁の私が行かなきゃならないんだ……お宅らのところの観測士は、地震観測もできないのか?」
「できますよ。そりゃ、蒼空あおそらを押さえている貴女達にはかなわないでしょうけど、かといって天狗てんぐになるのは失礼なのでは?」

言っている厭味いやみにぴったりの笑みを浮かべた。

「この世界で最も観測技術が進んでいるのは貴女達。それは紛れもない事実です。しかし、技術も知識も劣っている小国が助けを申し出ているんですから、それに手を貸すのは至極しごく当然のことじゃないですか?」
「そうは言っても、あれを抱えたおかげでうちはアメリカや中国からネチネチしたいじめを受けているんだ。それでやっとプラスマイナス0といったところだよ。それの処理に回される私個人の意見を言えば、疫病神だ、あれは(※1)」


※1……中国は土地も広く、資源、人材も豊富。未来には確実に日本と同レベルかそれ以上の力を発揮していると思われる。アメリカと並ぶのは難しいかもしれないが、日本に文句を言うぐらいの立場にはなっているだろう。


「しかし、それ相応そうおうの収入は得ているじゃないですか」

話の軸がれてきているのに気付いた男は苦笑して、話を元に戻した。

「今回お呼びしたのは、うちの気象観測士じゃ荷が重い……いや、原因が解からないと言った方が正しいでしょうか。だから、専門家中の専門家である貴女から的確な意見が欲しいんです。蒼空があるんですから、うちの観測士より優秀でしょうからね」

何か言うたびに厭味を言ってくるこの男とこれ以上会話をすると思うと気が滅入った。
さっさと終わらせよう。

「まぁ、いい。それより、経緯いきさつ云々うんぬんより仕事の話をしよう」
「仕事熱心なんですね……しかし、全てその書類に書いてありますよ?」

男が私の持っている青いファイルを見た。

「文字は曖昧あいまいだ。それに、資料は問いかけても答えてくれない。書いてあること以上のことは解からないからな。きちんとした状況を見極めるなら、文字より口頭だ。あんたがちゃんとしゃべってくれたらの話だが……」
「しゃべらなかったら、何のために来てもらっているのか解かりませんよ」

また、すぐに厭味を言われそうな気がして、私はすぐ話を進めた。

「資料を見る限り、ここ最近小規模な地震がこの辺りを中心に起こってるそうだが?」
「ええ、震源だけは突き止めたんですがね。原因が見つからないんです、そこに」
「何を言っている。ケニア山といえば、立派な火山じゃないか(※2)」


※2……地震は一般にプレートの動きによって発生すると考えられている。プレートの境目で火山ができるので、逆に言うと火山があるところはプレートが通っていると考えることもできる。


「その資料、読みました? 震源はたったの地下10メートル。そんなところで地震なんか発生する訳ありません」

そんなことが書いてあった記憶はない。
途中で寝てしまったのだから、当たり前なのだが。
そんな横着おうちゃくをしているから、ぽろぽろと所々で襤褸ぼろが出る。
いつもは私の助手である綾香あやかに全て任せているので、私自身が資料を読むなんて、珍しいことだった。

「なら、軍事的介入は? どこかが開発した兵器とか?」
「地震発生装置とか言うんですか? そんなの考慮に入れられもしてません。だいたい、そんなものあるわけないじゃないですか。貴女達が一番解かってるはずですよ?」
「当たり前だ。だが、ないと言い切っていたらそれ以上先には進まない。いろんな可能性を考慮しないと、未知の事象が起こった時、対応できないぞ」

そうは言ったものの、そんなものがあるなんて私は少しも思っていなかった。
オリンピックのメイン会場建設時に発見された蒼空。
あれのおかげでこの世界における自然現象の観測は目覚しい進歩をげた。
だが、一方で私達は無力さを露呈ろていすることにもなった。
簡単なことだ。
原理は解かっていても、それをいざ実行するとなると、とても人間の手にえるようなものじゃない。
自然の強大な力がそれを可能としている。
なんでも自分でできると思い込んでいる人間というやつは、なんて傲慢ごうまんなんだろうか。

「ところで、この『地中に何か埋蔵まいぞうされている可能性あり』という記述なのだが……」

ファイルをめくっていて、気になった言葉を指差した。

「地中検査を行った結果です。あくまで可能性ですけどね」
「しかし、これは震源の深さとほぼ同深度に埋まっているみたいじゃないか」

資料のデータ欄には確かに深度10メートル、誤差±30センチメートルと書いてある。
さっきの地震の震源の深さとかなり近い値だった。

「解かってますよ。しかし、大きさはたったの20m×20m×30mです。そんな小さなものがこの辺り一帯を振動させるわけないじゃないですか。地震の威力を知っているものなら素人しろうとでもそう思いますよ」
「なら、埋蔵金でも埋まってるんじゃないか」
「そうかもしれませんね」
「で、掘削はしないのか?」
「それはご心配なく。一昨日から掘削作業中です。土質が硬く、思うように作業が進んでませんが」

一応やることはやっているらしい。
確かに、この資料だけ見ると、簡単なことではなさそうだ。

「……お宅らの観測士の見解は?」
「みんな違うって言ってますよ。私と同じようにこれが辺り一帯を振動させるだけの力を持っている訳ないと、ね」
「そう考えるのが妥当だとうだろうな。これを原因と考えるほうが難しい」
「なら、やはり振り出しに戻ってしまいます。それを調べる手助けをしてもらうために貴女を呼んだんです。ちゃんと協力してもらいますよ」
「ああ、そのためにこんなところまで来たんだからな。埋蔵金なら、1割ほど土産みやげに頂いて帰ろうかな」
「どうぞ、ご自由に」

男が視線を動かした。
私もその男の目線を追って、窓の外を見た。
比較的平らな場所に小屋がニ、三とテントがいくつか建てられている。
少し離れたところに大きな重機の姿も見られる。
ヘリのプロペラ音に負けないぐらいの大きな音が響いていた。
そこで作業すると思うと、気が滅入る。
溜め息を吐くと同時にヘリはゆっくりと降下し始めた。
着陸して、やっと振動が和らいだ。
プロペラが止まらないうちから荷物を持って、外に出る。
降りた場所は当然のことながら、空からみた風景と何一つ変らなかった。
き出しの岩肌が永遠と続いているような錯覚さっかくを覚える。
そのとき、鞄からその場に似合わない爽快そうかいな音楽が流れた。
何がはっしているか解からなかったが、聞き覚えるある曲だった。

「綾香か……」

記憶を辿って、それがなんなのか思い出すまでに2,3秒掛かった。
鞄を漁って、ノートほどの長方形のコンピュータを取り出し、電源ボタンを押した。
左右奥隅の折り畳み式の棒が伸びてくる。
伸びきると、その棒の間に映像が現れた。(※3)


※3……平面映像。この世界のノートパソコンなどに取り入れられている技術。立体映像の平面版、と思うと解かりやすい。


接続中Connectingという文字がくるくると画面を行き来してしばらくすると、その中心に制服に身を包んだ綾香が映った。


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